多摩「教育」読者の会3月例会のご案内
会場:一橋大学第一研究館1F小集会室
https://www.hit-u.ac.jp/guide/
建物配置図の18番です。12番の図書館(時計台)
特集 「ケアの思想で学校を編みなおす」
「地域に学校があること」
特集1「AI時代の子どもと教育」、特集2「
第二特集については、
2月例会は以下のとおり行います。2月例会は会場の関係で第3週の2月19日を予定しています。事前の出席連絡は不要ですので、ご都合がつく方は気軽にご参加ください。
なお、3月例会からは再び第4木曜(3/26)に戻ります。
日時:2月19日(木) 18:00~20:00
会場:一橋大学第一研究館1F小集会室
https://www.hit-u.ac.jp/guide/campus/campus/index.html
建物配置図の18番です。12番の図書館(時計台)正面からアクセスしてください。
テキスト:『教育』2026年2月号
特集「AI時代の子どもと教育」
「子どもとつくる一斉授業」
1月例会のご案内をさしあげることを失念していました。そのため一部の方にはご心配をおかけしてしまいました。2月例会の案内にさきだち、2回分の例会報告をします。
(12月例会のご報告)
インフルエンザによる欠席連絡などをいただいた結果、12月例会の参加者は4名でした。持ち寄ったものを食べながら、テキストを読むというより、身近なことがらについて話しあう時間となりました。
特集1と2の領域が近かったこともあり、オルタナティブスクールや定時制高校の位置づけと役割が話題となりました。一つのオルタナティブスクールに対しても親や生徒の「多様なニーズ」(特集1西村論文)があり、学校が掲げる教育理念が求心力となって親や生徒をつなぎとめている場合もあれば、やりたいことを発見して別の形態の学校や次のステップへ進む場合もあることが紹介されました。「ほんとうに求めていること」(特集1 荒巻論文)がかなうような進路変更であれば、学校としても気持ちよく送り出せばよいし、それが卒業前か後かということよりも、自分で進路をみつけて転舵できる力がついたことが重要なのではないか、それが「非営利型民間フリースクールの存在意義」(特集2武井論文)の一つなのではないか、といった意見が出されました。
また、フリースクールや専門学校では部活動や校内清掃はどうなっているのかという質問がだされ、全日制・定時制を含めて情報を交換しあいました。
そして通信制高校の急速な拡大については、自律が求められて実は結構大変だが、そういった事実よりも一部の進路ばかりが喧伝され、よく把握しないまま「さまざまな夢がかなう」といったキャッチフレーズに流されている保護者や生徒が結構いるのではないかとか、通信制高校は現在、中学校へのアウトリーチがすごいとかいった話が出てきました。通学や対面授業といったものの価値については、「髪を切ったんだね」と声をかけてくれることによって、きちんと見てくれているという「大事にされた実感」(特集1 浦田論文)を得られるといったエピソードが紹介されました。今後については、少子化が進む中で全日制・定時制と広域通信制とオルタナティブスクールの間で生徒獲得競争が激しくなるのではないかといった意見も出され、私学の無償化の動きをどう評価するか、都市と地方の格差はますます拡大していくのではないか、といった論点も出されました。
(1月例会のご報告)
1月例会はメールでご案内をさしあげていませんでしたが、4名の参加がありました。現職教員がここにいたらリアルな話も聞けたね、といったことを言いながら、自分たちがかかわってきた高校やオルタナティブスクールにおける教師の様子や、教師と保護者の関係について話し合いました。
特集1の山崎論文に関連して、現場の教師にとって今一番必要な「働き方改革」は、授業時数の軽減ではないかという意見が出されました。1990年代の学校五日制導入の際、週あたりの担当コマ数が減らなかった結果、過密労働になったのではないかという意見もだされました。氏岡論文が描いているように各地で教員不足が続いていますが、その一方で再任用を希望してもとおらない教員もいるといった指摘も出されました。
特集2については首藤論文が提起する「二者面談か三者面談か」ということをめぐって、自らが関わってきた教育現場での経験を持ち寄りました。最近の高校では保護者会への参加も増えてきているという意見が出る一方で、定時制ではそうでもないといった指摘もありました。また座談会で提起されている「保護者がつながる」状況についても語られました。小森論文で描かれているのは「わが子の親として学校とどうつながるか」でしたが、保護者同士がつながって父母集団を築いて学校づくりに参画する可能性はどのくらいあるのか、といった問いも出されました。NPO法人が運営する学校で、保護者がどのように学校に関わり続けてきたかといったことや、教師集団と保護者集団で意見が食い違う場合にはどのようにしてきたかといったことも経験として語られました。また、大日方論文で述べられている「教職課程に保護者対応を学ぶことを位置づける」提案については、真意が十分に把握できたわけではないとしつつ、やや否定的な見解が出されました。
当日参加できなかった会員から、特集1で教員不足解消に向けた改革はこれからだとする氏岡論文や、主務教諭導入に関わってスクールミドルの果たす「継承」の役割を問い直す石垣論文に共感する声が寄せられました。
11月例会の参加者は5名でした。
第一特集は、幼・小・中・院内学級・子ども図書館といろいろな場で流れる「子どもの時間」をとりあげたものでした。廃校となった学校の教室空間の再利用としてマットをしきつめて小学4年生に何をしたいか尋ねたところ、「ハイハイをしたい」という返答がきたこと、小学2年生に尋ねても「自分たちもハイハイをしたい」と言われたことが最近の経験として参加者から紹介されました。別の参加者から、泉論文で紹介されている長田弘の詩がいう「もう一度子ども時代を生き直している」姿なのではないかという指摘があり、共感する声が出ました。「自由に走り回り、ときには冒険も出来る『空間』」(泉論文)ではなくても、「すべての育ちの土台」としての「あそび・遊び」という経験や(増山論文)、特にすべきことが定められているのではなく、好きなように自由にハイハイができる『空間』の経験(泉論文)が欠乏していることの表れなのかもしれません。また、大森論文が指摘するように過密な教育課程の中で、土井論文が語る自由時間の大切さを実感できていないのではないかという意見もでました。青山論文が描くキラキラとした様子をうらやましく思うという声や、これは環境に規定されるのではないかといった感想も出され、高校生の様子をかさねながら、〝子どもの時間〟について語り合いました。
第二特集については、そもそもフェミニズムとジェンダーの違いは何かという確認から議論が始まりました。そして女性らしさといった「自分らしさ」からの解放(大月論文)をめざし、女性という角度から「わたしを語る」(菅野論文)ところから出発したフェミニズムは、清水論文が引用するオードリー・ロードの言葉にみられるような自省をしつつ、ジェンダー論やその他の排除をめぐる議論に流れ込んでいったのではないかといった解釈が披露されました。そして若い世代はこういう議論をどうみているのだろうかという問いが出されたり、「自身の生を謳歌できる環境」と「声を収奪され」ている点で(編集後記)、第一特集と第二特集の連続点を見だす意見が出されたりしました。また、やまもと論文にあるような「哲学対話」の魅力が指摘され、これに類する身近な実践についての紹介が行われました。
12月例会は以下のとおり行います。事前の出席連絡は不要ですので、ご都合がつく方は気軽にご参加ください。数年ぶりにクリスマス会としての性格を持たせた会とする予定です。
日時:12月25日(木) 18:00~20:00
会場:一橋大学第一研究館1F小集会室
https://www.hit-u.ac.jp/guide/campus/campus/index.html
建物配置図の18番です。12番の図書館(時計台)正面からアクセスしてください。
テキスト:『教育』2025年12月号
特集「通信制高校の広がりを考える」
「教育系NPOと公共性」
10月例会の参加者は6名でした。
第一特集については、困難の中で現場の声に耳を傾け、声が往還する広場をつくろうという特集の趣旨は理解できるが、教師としての喜びよりもいたいたしい状況が全体をとおして出ており、読むのがつらい、という声がでました。畑山論文にあるような、教員採用で辞退が相次ぐ状況や、板橋論文にあるような、相談よりも退職が選ばれる状況について、参加者の体験に照らしながら情報を共有しました。その中で、綿来論文にあるような保護者の厳しい声が初任者に投げかけられたら心が折れてしまい、桜井論文にあるような「教師としての生きなおし」も難しいのでは、という感想が出されました。若い教師が語り合う場として山崎論文が紹介する「Mカフェ」については、職場の外で語ること、お題に即して語るという工夫についての意見交換がなされました。畑山論文と山崎論文に共通するのは、職場が同僚集団として機能しなくなっている現実です。
第二特集は学校管理職に焦点をあてたものでしたが、菅間論文で紹介されている事例で、校長の発案で新人研修が組織されていることをめぐり、意見交換がなされました。教育理念の継承に向け、理念を共有する必要性が生じている現在ととらえたうえで、「古い教員」が消え「今の教員」が学校を充たすようになったのはいつなのだろうか、という問いが投げかけられました。
11月例会は以下のとおり行います。事前の出席連絡は不要ですので、ご都合がつく方は気軽にご参加ください。
日時:11月27日(木) 18:00~20:00
会場:一橋大学第一研究館1F小集会室
https://www.hit-u.ac.jp/guide/campus/campus/index.html
建物配置図の18番です。12番の図書館(時計台)正面からアクセスしてください。
テキスト:『教育』2025年11月号
特集「学校・地域に“子どもの時間”を取り戻す」
「『わたしを語る』ためのフェミニズム」
9月例会の参加者は5名でした。
9月号第二特集が「運動会にかかわるすべての人にエールを」というものだったので、玉腰論文がふれているような運動会発足の歴史にふれつつ、運動会か球技大会/陸上記録会か、平日開催か休日開催か、地域住民を巻き込むものか保護者の参加を想定したものか、といった具合に話がひろがりました。そして林論文や川渕論文がとりあげている「競争」が運動会の中でどのように位置づけられているのかといった議論に広がり、同じ地域でも運動会のあり方が多様であることや、子どもたちの自主性はどの程度発揮されるのかといったことまで意見が交わされました。
第一特集「子ども・青年の自治の力を育てる」については、児美川論文の冒頭にある『滝山コミューン1974』に対する感想から議論に入りました。舞台が多摩地域であること、参加者が同時代を経験していることから、共感できる/できないといった感想も交わされました。また、児美川論文で言及されている経済同友会の「学校から『合校』へ」をめぐっても共感できるといった意見もでました。その一方で、『滝山コミューン1974』が描いているような「教科と特別活動を両輪とする」のはまさしく「日本的な学校のかたち」であって、社会性の涵養は学校ではなく家庭や地域が担うといった(少し前までの)ヨーロッパ大陸的な合意が社会の中に存在しない中では、児美川論文がいうように「特別活動を手放すわけにはいかない」のではないか、といった意見も出されました。関連して、今井論文がとりあげる愛知県高校生フェスティバルの熱量や、瀬川論文がとりあげる部活動についても感想が出されました。
10月例会は以下のとおり行います。事前の出席連絡は不要ですので、ご都合がつく方は気軽にご参加ください。
日時:10月23日(木) 18:00~20:00
会場:一橋大学第一研究館1F小集会室
https://www.hit-u.ac.jp/guide/campus/campus/index.html
建物配置図の18番です。12番の図書館(時計台)正面からアクセスしてください。
テキスト:『教育』2025年10月号
特集「教職のいまを生きる、語る、支える」「教職員とともにある校長・学校運営」
7月例会の参加者は7名でした。特集に関わる活動の資料を持ち込む参加者がいたので、まずその報告から始まりました。
7月下旬にあきる野市で行われた公民館主催の市民企画講座では、中高校生の演奏・朗読・合唱とともに、青い目の人形に関わるDVD上映やトークが行われました。あきる野市で戦争中に実際に行われたできごとが新聞記事や絵とともにリアルに語り伝えられること、いわゆる戦場ではない日常生活空間で展開される戦争体験(遠藤論文がいう戦災体験のうち、より被害性が少なくみえる体験)がどのようなものかが共有されることの大切さが共有されました。そのうえで特集1の扉のことばにある「聞き取りを生かした授業、当事者による体験談を聞く授業形式が最終段階に来た」「それに代わる、語り部の継承、記録への転換が本格的に迫られている」「方法論を、今大きく見直す時期が到来している」とはどういうことなのか、という問いが出されました。直接体験している被害者として生存している当事者が少なくなり、そうではない存在が語り部を担うことに伴い課題は公害教育の世界にも共通しているといった話や、そもそも企画講座の受講者も高齢者が多いといった話が出されました。川満論文がとりあげている沖縄戦の継承については、読書が苦手な高校生がひめゆりの塔記念館に修学旅行で出かけて文字資料にじっと見入っているのは、(時代が異なるものの)同世代の生の声がもつ力によるのではないか、といった話も出されました。また角谷論文に登場する「ちいちゃんのかげおくり」に関連して、かつては「一つの花」のような平和教育につながる教材が社会科に限らず存在していたが、最近は減っているようにみえるという意見があり、国語では文学教育が圧縮されている構造的な問題の余波ではないかという意見や、佐藤論文にみられる実践のしなやかさは魅力的だが、学習指導要領が変わらないとなかなか実践の工夫が広がるのは難しいのだろうかといった感想が出されました。参議院選挙の直後だったこともあり、「オーガニック右翼」という言葉をめぐり、ひとしきり意見交換がなされました。
特集2については、野田・丸山往復書簡に対する共感が提起されました。丸山氏は書評欄にも登場していますが、自らの生活における徹底ぶりに驚嘆する声があがりました。「社会変革を実現していくために、個人努力という社会運動が求められる」としつつ、「『個人努力を徹底していない人は何も言う資格がない』とは思いません」という柔軟さをもち、「社会変革の具体的内容も議論しなければ」と提起する目配りや、「人間を信頼して語り続けたい」と締めくくる志向性が共感を呼び起こしたようでした。また、気候変動といった環境問題は小学校段階では取り上げられることが多いが、学校段階が上がるにつれて取り上げられることが少なくなっているのではないか、という指摘も出されました。
8月は全国大会が開かれたので、例会はお休みです。
9月例会は以下のとおり行います。事前の出席連絡は不要ですので、ご都合がつく方は気軽にご参加ください。
日時:9月25日(木) 18:00~20:00
会場:一橋大学第一研究館1F小集会室
https://www.hit-u.ac.jp/guide/campus/campus/index.html
建物配置図の18番です。12番の図書館(時計台)正面からアクセスしてください。
テキスト:『教育』2025年9月号 (8月号も扱うかもしれません)
特集「子ども・青年の自治の力を育てる」「運動会にかかわるすべての人にエールを」
6月例会の参加者は2名でした。そのため、地域のオルタナティブスクールの取り組みについて話し合いが行われ、その中で特集に関わるやりとりがなされました。
オルタナティブスクールを求めてくる保護者は文化的・経済的に高い階層にあることが多いが、子どもが特集1の加茂論文に登場するようなスローラーナー(境界知能)である場合はやはり存在する。特に軽度知的障害ではなく感情のコントロールが難しく爆発させてしまうような子どもが一つのクラスに複数いると学級運営は困難になる。保護者は学校の教育に対する理解は全般的に高く、学校運営に対する協力も手厚い。そういった、保護者とのつながりから生まれる教師の学び(特集2)はある。植林論文の「工作技術科」ではないが、生徒の卒論制作や職業体験実習では、保護者や地域とのつながりの中で実現できていることが確かに存在する。
こういう実態を踏まえたうえで、教育への関心や子どもへの信頼が高いがゆえに、譲歩が生まれにくくなることもあるのではないかとか、特集1に登場してくるような子どもたちは初等中等教育後にどのような進路をたどるのだろうかとかいった感想が出されました。また、特集1の田中論文は、単純に医療アプローチに関する情報を提示しているのではなく、教育的な視点をもった精神科医の立場からの問題提起として考えさせられたという声もありました。
7月例会は以下のとおり行います。事前の出席連絡は不要ですので、ご都合がつく方は気軽にご参加ください。
日時:7月24日(木) 18:00~20:00
会場:一橋大学第一研究館1F小集会室
https://www.hit-u.ac.jp/guide/campus/campus/index.html
建物配置図の18番です。12番の図書館(時計台)正面からアクセスしてください。
テキスト:『教育』2025年7月号
特集「戦争体験の継承と平和教育」「地球沸騰化時代のわたしたちⅡ」
* 8月は全国大会が開かれるので、例会はお休みです。
3月例会の参加者は5名でした。3月例会が休会だったことから、3月号と4月号を扱うことになっていましたが、専ら4月号を中心に議論されました。3月末に中間集会に参加した方からはその様子についての報告がありました。
3月号については特集2に関わって、児童養護施設から登校していた生徒と向き合った経験が紹介されました。3月号に照会されていた事例とは規模が異なる施設の事例でしたが、在学するか就職するかしていないと児童養護施設にも自立支援ホームにも入所していられなくなることから、不登校→退学という流れにならないようにどうするか、といった問題意識が語られました。
4月号については、特集1の神代論文がまず議論の対象となりました。神代論文では今井康雄、G.ビースタ、H.アレント、T.インゴルドの主張が紹介されていますが、「キーワードは世界」としてみたところでなぜ今井康雄、H.アレントを登場させねばいけないのか、という疑問が出されました。各論者の言説を知っていることが前提となっていないか、「世代の縄を綯う」のイメージがつかみづらいという意見もありましたが、とてもひらたく説明されているという評価もありました。
會田論文については授業で勝負する教師像が描かれているという評価が出されましたが、理科専科や非常勤講師だからこそ授業に特化した議論になるのではないかという意見も出されました。一方、村上・竹澤論文は授業づくりというより、日常生活をともに過ごす中で人間として豊かになるプロセスを描いていますが、これに対してもやや固有の文脈の上に成り立っているものであり、どこまで一般化できるかという意見も出されました。
特集2については、三浦論文にあるような子ども会は今日どのように存在しているのかという問いが投げかけられました。そして子ども会もPTAに共通する大人の苦労が前面に出てきているのではないかという意見が出されました。あるべき姿としては、深谷・野本論文にあるような、そこで育った子どもたちが大人を支えるジュニアリーダーになっていくのが理想的ではないかという意見が出されました。他方で、行政主導の講習会でジュニアリーダーは育っていくのかという疑問も出されました。
5月例会は以下のとおり行います。事前の出席連絡は不要ですので、ご都合がつく方は気軽にご参加ください。
日時:5月22日(木) 18:00~20:00
会場:一橋大学第一研究館1F小集会室
https://www.hit-u.ac.jp/guide/campus/campus/index.html
建物配置図の18番です。12番の図書館(時計台)正面からアクセスしてください。
テキスト:『教育』2025年5 月号
特集「奈良教育大学附属小学校の『問題化』」「能登半島地震と子ども・教育・地域」
2月例会の参加者は4名でした。参加者の最近の活動を話す中から、テキストの内容に入っていきました。
地元で平和認識のアンケートを実施しているという参加者からは、小学生向け・中学生向け・成人向けに用意されたアンケート用紙が示され、平和を色にたとえると白や水色を挙げる人とピンクやペールオレンジといった暖色を挙げる人に分かれることが紹介されました。
特集1「戦争の記憶と平和教育」の諸論考については、一盛論文が課題として提起する「国外の戦場における<加害>と国内の<被害>というような二元論に陥りがちな認識の問題」をめぐって議論がなされました。そして<犠牲者意識ナショナリズム>というキー概念については注1以上にもう少し説明があってもよかったのではないか、これを掲げる林志弦氏や、氏が参照している論者の枠組みは一盛論文が語ろうとするものとは異なる「歴史認識」観を持っているのではないか、といった意見が出されました。佐藤一子論文では広島での韓国人被爆者の問題が「放置される」という<加害>の側面を照らしているのに対し、一盛論文の冒頭で掲げられている栗原貞子の詩は<犠牲者意識ナショナリズム>の事例にあたるのではないか、といった意見も出されました。
参加者が社会科の現・元教員や免許保有者だったことから、特集1をめぐる議論が大半を占めましたが、特集2「他者・社会につながる国語教育」については、全体として特集1の諸論考と比べて婉曲や留保の表現が多いように感じられたといった感想や、冒頭の吉田論文は第一特集と問題意識が連続しているといった指摘が出されました。日常の平穏が保たれることに着目する子どもの様子や、書くことで自らを見つめる作文教育といった実践のねらいは、参加者が持ち込んだアンケートの「へいわをかんじるときはいつ?」「あなたが実践できる平和ってなに?」という質問に対する回答の表現を回答者が模索することと重なってみえます。
4月例会は以下のとおり行います。事前の出席連絡は不要ですので、ご都合がつく方は気軽にご参加ください。
日時:4月24日(木) 18:00~20:00
会場:一橋大学第一研究館1F小集会室
https://www.hit-u.ac.jp/guide/campus/campus/index.html
建物配置図の18番です。12番の図書館(時計台)正面からアクセスしてください。
テキスト:『教育』2025年3, 4 月号
(3月号特集「性(SOGI)の多様性と教育」「児童養護施設における不登校」)
(4月号特集「教師という仕事の魅力に向き合う」「地域の子ども組織のいま」)
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