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2017年7月 5日 (水)

多摩「教育」読者の会7月例会のご案内

6月例会は5名の参加がありました。

 

特集2は201512月号の続編として、小学校での3つの授業実践を若手研究者が読み解くものでした。いずれも「子どもの声を聴く」ことを課題とした実践でしたが、これについては中学校・高校での教育実践記録がなかなか取り上げられない(見つからない)ことが現状の課題として指摘されました。そこから教材論に話が広がり、分数の割り算をどうやって理解させるべきか、二乗や三乗といった計算操作の文化的意味を日常生活と結びつけて理解させるのはどのような教材が準備されればよいのかといった話に広がり、外国の教科書の事例紹介などがなされました。また、使われ続けている古典的教材であっても、時代の経過とともに文脈が変わってくれば、教材の性格づけも変わってくることがあるのではないか、といった意見が出されました。

特集1については、竹内論文に対し、近代の思想はおよそすべて優生思想に侵されているということだろうか、といった感想が出され、優劣といった序列をつけてしまうのは個を単位として権利や責任を考えているからだという批判なのではないかという解釈も出されました。

障害をめぐっては、学校公開授業を見に行った時の様子が参加者から紹介され、やる気が全く見えない子への働きかけや、発達障害の子どもに対してはどのような授業を行うべきかといった問いが出されました。またNPO法人の関係者からは、相模原事件の直後に子どもたちが福祉実習に出かけた時には、非常事態を想定した対応が教えられたといった情報提供がありました。

発達を望まない、なかなかのぞめないような子どもとどう向き合えばよいのかといった問いが出され、それぞれの子どもにわかる喜びと意味を感じさせるような到達目標を設定すべきだ、放置してよいわけではない、といった意見が出されました。そして原田論文にあった「佐藤さんとのふれあい」のような実践の体験、生命の大切さを感じ取る喜びの体験が大切なのではないか、という意見が出されました。他方、そうした体験を誰もが日常的にできるわけではないので、それだけを追求しても限界があるのではないか、という意見も出されました。そして相模原事件ほどの事件性をもたない日常の場面で、(生涯ではなく)常識や倫理が欠如した大人のふるまいに対しては人々のまなざしは厳しく、排除することにも抵抗を感じていないのではないかとか、かつて公害や薬害が奇形児を生み出すとして社会問題になった時の公害批判のまなざしには、奇形児をそうでない子どもよりも劣る存在とみなす価値観が含まれており、優生思想に結びついているといえるのかもしれない、といった意見が出されました。さらに神原論文が言及しているような、卵子の老化を克服できるだけの医療技術の発達や出生前診断の普及は、生物学的な出産可能年齢と社会的な出産可能年齢のズレを埋め合わせることを可能とする一方で、「事件」とは異なるレベルで優生思想と人々が向き合うことを要求するようにしているのではないか、という意見も出されました。

 

7月例会は開催日・会場ともにいつもとは異なります。

 

期日: 7月20日(第三木曜) 18:30~

会場: 一橋大学西キャンパス 第一研究館1F小集会室

 

 以前も何度か使用したことがある会場ですが、西キャンパス正面にある時計台(図書館)の建物に入り、廊下も右にすすんでください。建物の角を曲がって道なりにすすむと渡り廊下があります。渡り廊下を渡ってすぐの右手にある小部屋が小集会室です。

 

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8月は全国大会があるため、例会は開かれません。

今年の全国大会は81012に滋賀・近江八幡市の近江兄弟社中学・高校で開かれます。

詳細は『教育』7月号をご覧ください。

皆さんの参加をお待ちしています。

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